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『プラダを着た悪魔2』考——アルゴリズム時代に、編集者とコンテンツビジネスはどこへ向かうのか

·13分で読めます
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2026年5月、20年ぶりとなる続編『プラダを着た悪魔2』が日本でも劇場公開されました。前作の公開は2006年。その20年のあいだに、コンテンツを取り巻く環境は地殻変動と言ってよいほど変わりました。

本作は雑誌編集部を舞台にした作品ですが、私たちが扱う領域——映像、SNS、クリエイターによる発信——も、本質的には同じ「コンテンツを編み、誰かに届ける」仕事です。だからこそ、この映画が描こうとしている構造の揺らぎは、決して他人事ではありません。

この記事は感想文ではなく、作品をきっかけにコンテンツ産業の構造変化・職業観・AI時代の編集の意味を考えるためのものです。映像・コンテンツ制作を生業とする立場から、5つの論点に分けて整理してみます。


作品基本情報

  • 原題: The Devil Wears Prada 2
  • 日本公開: 2026年5月1日
  • 監督: デヴィッド・フランケル(前作から続投)
  • 脚本: アライン・ブロッシュ・マッケンナ(前作から続投)
  • 主要キャスト: メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチ(前作から再集結)。新キャストとしてケネス・ブラナー、シモーヌ・アシュリー、ジャスティン・セロー、ルーシー・リュー、B.J.ノヴァク、ポーリーヌ・シャラメ、コンラッド・リカモラなどが加わる
  • 上映時間: 119分
  • 配給: ディズニー
  • 製作国: アメリカ

あらすじ

物語は前作からおよそ20年後の世界が舞台です。かつて圧倒的な影響力を誇ったトップファッション誌『ランウェイ』が、存続の危機に直面しています。SNSとアルゴリズムが市場を動かし、紙メディアの広告収益は構造的に縮小していく——そのリアルな時代背景の中で、編集長ミランダ・プリーストリーが雑誌再生のために動き始めます。

ミランダのもとに戻ってくるのが、報道記者としてキャリアを積んできた元アシスタント、アンディ・サックスです。一方、前作でミランダの下で働いていたエミリーは、いまやラグジュアリーブランドの幹部という立場に変わっています。つまり、かつて「編集部の内側」で必死に働いていた人物が、本作では「広告・ブランドを出稿する側」の権力を持つ存在として再登場する——この立ち位置の入れ替えが、作品の構造を象徴しています。

ナイジェル・キプリングも引き続き、ファッションディレクターとしてミランダたちの世界を支えます。

ここから先は、私たちが映像・SNS・コンテンツの業界に身を置くからこそ気になった5つの論点を取り上げていきます。


論点1:雑誌の権威から、アルゴリズムの時代へ

前作が公開された2006年は、まだ「ファッション誌が流行を決めていた時代」の終盤でした。Instagramのサービス開始は2010年、TikTokの世界展開は2018年。当時の編集部は、表紙のカット一枚、特集一本で、消費者と業界の空気を動かすことができました。

しかし2026年現在、市場を動かしているのは、雑誌のキュレーションではなく、SNSのフィードとアルゴリズムです。InstagramのReels、TikTokのおすすめ欄、YouTubeのホーム画面、Xのタイムライン——どこで何が「流行」になるかは、編集者の裁量よりも、プラットフォームの推薦ロジックと、無数のクリエイターの発信の総和によって決まります。

本作が興味深いのは、これを「ファッション映画」ではなく、伝統メディアがアルゴリズムの時代をどう生き抜くかというメディア論として描こうとしているように見える点です。

これは雑誌業界に限った話ではありません。映像業界も、テレビCMから運用型動画広告へ、地上波番組からYouTube・配信プラットフォームへと、視聴の重心が移っています。「誰が、どのチャネルで、誰に届けるのか」という設計が、コンテンツの中身と同じくらい重要になりました。


論点2:ミランダ的リーダーシップは、いま機能するのか

前作のミランダは、絶対的なカリスマであり、同時に「プロの世界の洗礼」を象徴する厳しい上司でした。容赦のない要求、深夜の電話、無言の圧——あの振る舞いは、2006年の観客にとっては「業界の頂点に立つ者の宿命」として一定の説得力を持って受け取られていました。

2026年の視点で同じ振る舞いを見たとき、印象は変わります。ハラスメント、心理的安全性、コンプライアンス、そしてSNS時代の炎上リスク——同じ言動が、いまの組織では別の評価軸で測られます。マネジメント論の言葉でいえば、「成果のためなら何をしてもよい」というスタイルは、人材獲得競争の中でも、ブランドリスクの観点でも、もはや維持しにくくなっています。

続編の見どころのひとつは、ミランダが変わるのか、それとも変わらずにこの時代でなお価値を証明できるのかという問いだと考えています。

これは私たちのような小さな制作組織にとっても他人事ではありません。クリエイター、ディレクター、エディター、ライター——能力主義の現場であるほど、「厳しさ」と「ハラスメント」、「妥協のなさ」と「私的な感情の発露」の線引きが繊細になります。本作はその境界線を、フィクションを通じて私たちに再考させる作品でもあるはずです。


論点3:「好きな仕事」の魔力と危うさ

『プラダを着た悪魔』シリーズの最大の魅力は、仕事のきつさそのものではなく、仕事が人を変えてしまうほど面白いものとして描かれる点にあると思います。アンディがニューヨークの真ん中でファッションの世界に飲み込まれていく、あの高揚感。あれを見て「自分もこういう仕事がしたい」と思った人は、当時も、いまも、少なくないはずです。

ただし、現代のレンズを通すと、この魅力には別の名前もつきます——**情熱搾取(passion exploitation)**です。

「好きな仕事だから」「この業界にいられるだけありがたい」「次のチャンスのために頑張る」。こうした内発的な動機は、本来は素晴らしいものです。しかし、雇用主や発注者の側がそれを前提に労働環境や報酬を設計したとき、それは静かな搾取の構造になります。クリエイティブ産業——出版、映像、デザイン、音楽、芸能——は、歴史的にこの構造を抱えてきた領域です。

私たちは映像・コンテンツ制作を担う側として、クリエイターが情熱を保ったまま、持続可能に働ける環境をどう設計するかを、業界全体の課題として捉え続ける必要があると考えています。情熱は、燃料であって、燃え尽きるためのものではありません。


論点4:AI時代に、編集と審美眼の価値は残るのか

ここが、私たちにとって本作で最も気になっているテーマです。

生成AIの普及で、いまや誰でも、文章・画像・動画・サムネイル・コピー・トレンド予測を瞬時に作り出せます。プロが時間をかけて作っていた成果物の「下限」が、急速に底上げされている——これは間違いなく起きていることです。

では、編集者やディレクターの仕事は、AIに置き換わるのでしょうか。

私たちの現時点の見立ては、こうです。「作る能力」はコモディティ化する一方で、「選ぶ・並べる・意味を与える」能力の希少性はむしろ上がる。

  • どのクリエイターに、どの企画を、どのチャネルで委ねるか
  • 何を載せ、何を載せないか
  • どの順番で見せ、どんな文脈を与えるか
  • 誰の物語として、どの読者・視聴者に届けるか

これらは、AIが代替しているように見えても、最終的な意思決定の責任と、ブランド・読者・社会との長期的な関係性を引き受ける誰かが必要です。ミランダがランウェイで担っていたのは、まさにこの「意思決定の編集権」でした。AI時代において、その役割の名前は変わるかもしれませんが、機能としてはむしろ重みを増していくと私たちは考えています。

ファッション誌の編集者、テレビのプロデューサー、YouTubeのチャンネル運営者、SNSの中の人——肩書きは違っても、彼らがやっているのは同じことです。膨大な選択肢のなかから、「これだ」と選び、文脈を与え、誰かに届ける。この仕事の核は、AIが普及してもなくなりません。


論点5:ブランドは「高級感」だけでは成立しない時代へ

エミリーが続編でラグジュアリーブランド側の幹部として登場するのは、象徴的な配置です。広告・ブランドの側に立った彼女が見ている景色は、2006年とは大きく異なります。

現代のラグジュアリーブランドは、価格と美しさだけで成立しません。サステナビリティ、ダイバーシティ、ジェンダー、サプライチェーンの労働環境、社会的責任——これらは消費者からも、メディアからも、株主からも、常に問われる項目です。一度の不適切な広告、ひとつのSNS投稿が、ブランドエクイティを大きく毀損するリスクと隣り合わせの時代です。

ブランドが雑誌に広告を出すのではなく、ブランド自身がメディアになる——「ブランデッドコンテンツ」「オウンドメディア」「クリエイターとの長期パートナーシップ」というキーワードが当たり前になった背景には、この変化があります。

これは雑誌業界に限った話ではなく、企業のマーケティング戦略全般に共通する地殻変動です。私たちが日々向き合っているYouTuberタイアップ、地方創生コンテンツ、ブランド映像といった領域も、すべてこの流れの中にあります。


まとめ:『プラダ』が問いかける、私たちの現在地

『プラダを着た悪魔2』は、ファッション映画の続編という外見をしながら、その内側で伝統と革新、権威とアルゴリズム、職人と AI、情熱と健全さといった、現代のコンテンツ産業が直面しているテーマを描こうとしているように見えます。

整理するとこうです。

  • 雑誌の権威は弱まり、アルゴリズムとクリエイターが市場を動かす時代に入った
  • カリスマ型のリーダーシップは、組織と社会のルールの変化の中で再定義を迫られている
  • 「好きな仕事」は引き続き強い動機だが、情熱搾取への警戒が業界全体に必要
  • AIで「作る」のコストは下がる一方、「選び、意味を与える」編集の希少性は上がる
  • ブランドは高級感だけでは成立せず、価値観と社会的責任で評価される

私たちFunMakeも、映像・SNS・地方創生コンテンツの現場で、これらの変化と日々向き合っています。本作のように象徴的な作品が公開されたタイミングで、業界の構造を一度立ち止まって考えることには、大きな意味があると感じています。

激しい時代の波の中でも、コンテンツを通じて誰かに何かを届ける仕事の本質は、おそらく変わりません。変わるのは、その届け方と、その背後にある構造です。私たちは、その変化を観察し、引き受けながら、これからもコンテンツを作り続けていきます。


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